震災支援活動から交流活動へ

 

2011年3月11日、東日本大震災発生

 

地震発生直後、有限会社ガレージ湘南代表取締役の日向正篤は、

友人で気仙沼出身であるジャズドラマー バイソン片山から

「家族と連絡が取れない」との連絡を受けた。

 

とにかく現地に行ってみようと地震発生から9日後、日向氏は

燃料や物資を積み、バイソン氏の実家がある気仙沼へ。

 

想像を絶する現地の惨状につき動かされ、必要な物資をヒアリング、

茅ヶ崎にて周知活動、募金、物資の募集を呼びかけ、再び気仙沼へ。

 

同年4月には、日向氏の想いに賛同した茅ヶ崎市内の飲食店経営者、

美容師、整体師等総勢40名が参加し、11種の模擬店を展開。

 

二人の想いは、いつの頃からか茅ヶ崎の「ちが」

気仙沼の「けせん」から「ちがけせんプロジェクト」

と呼ばれるようになった。

 

規模を拡大し、翌年には気仙沼のジュニアサッカーチームを

茅ヶ崎に招待するプロジェクトが始動、茅ヶ崎の子供達と

気仙沼の子供達にも「絆」を結ぶことになりました。 

 

活動を継続するために

 

ちがけせんプロジェクトでは、主に三つの事業を行っています。

 

特に、子どもの支援活動に力を注いできました。

未来を担うのは子どもだからです。

 

気仙沼には、海が怖いという子どもがいます。

あの日を思い出してしまうから、

学校に行きたくないという子どもがいます。

 

気仙沼特産物の販売収益を支援活動資金に充てながら、

気仙沼の子どもたちの心の復興、茅ヶ崎の子どもたちの

心の成長を支援します。

 

仮設住宅居住者への支援事業

 

震災直後の気仙沼の惨状は、言葉を失うものでした。

 

支援物資が行き届かない場所もありました。少しでも、できることを、ひたすらやりました。

 

必要なものを聞いては茅ヶ崎に戻り、気仙沼に運びました。

気仙沼市民、産業への復興支援事業

 

支援事業のための収益事業を行っています。

 

その多くは気仙沼特産物の販売事業です。

 

販売利益は、当法人支援事業資金になります。

助け合い精神を未来に繋ぐ事業

 

震災の年、気仙沼のサッカー少年たちがサッカーをする場所がなくなってしまいました。

 

グランドに仮設住宅が建設されたためです。