仮設住宅居住者への支援事業

 

災直後の気仙沼の惨状は、言葉を失うものでした。

 

支援物資が行き届かない場所もありました。

 

少しでも、できることを、ひたすらやりました。

必要なものを聞いては茅ヶ崎に戻り、気仙沼に運びました。

 

気が付けば、その数は増え、茅ヶ崎中の飲食店や理容美容店など、

多くの支援者が参加し、いつの日か「ちがけせんプロジェクト」と

呼ばれるようになっていました。

 

今、仮設住宅から人々は移住し、もう取り壊しが決まっています。

 

それでも、ちがけせんプロジェクトは引き続き気仙沼を訪れています。

 

ちがさき特産「しらす丼」を振舞い、ちがさきのミュージシャンによる

ライブなどの催しを実施しています。

 

それまでのコミュニティを失ったり、交通の便が大きく変わったり、

子どもやお年寄りには負担も大きいことです。

 

あるいは、強い人も弱い人もいるのが人間です。

 

「少しでも、できることを」の精神は今も変わることがありません。

 


気仙沼市民、産業への復興支援事業

 

 

援事業のための収益活動を行っています。

 

その多くは気仙沼特産物の販売事業です。

販売利益は、当法人の支援事業資金になります。

 

茅ヶ崎市内や湘南エリア界隈でのイベントで、

焼き立てのサンマを見かけたら、声をかけてください。

 

おいしいサンマ、ホタテ、ふかひれラーメンなど、

ぜひ召し上がってください。

 

フカフカ団子を広めよう

プロジェクト

 

リアスフードグランプリ2014

グランプリレシピ「フカフカ団子」

 

気仙沼の高校生が考案したレシピです。

 

鮫肉を使用した低カロリー高タンパクなヘルシーメニュー、

アレンジは無限大。

 

宮城県下の学校給食、ホテルにも卸されています。

 

ちがけせんプロジェクトでは、オピニオンフード協会のご協力のもと、

この商品の販路拡大を支援しています。

 


助け合い精神を未来に繋ぐ事業

 

ジュニアサッカー交流

  

震災の年、気仙沼のサッカー少年たちがサッカーをする場所を失いました。

 

グランドに仮設住宅が建設されたためです。

 

その寂しい気持ちをぶつける先がないということが、同じサッカー

楽しむ者として、その心情はいかばかりかと思いました。

 

それなら、「気仙沼のサッカー少年たちを茅ケ崎に招待して、思いっきり

サッカーを楽しんでもらおうじゃないか」ということになりました。

 

3.11以降、毎年開催し例年、茅ヶ崎・気仙沼双方で7~100名が参加。

 

子ども達だけでなく、大人同士の交流試合もしています。

 

ちがけせんジュニアサッカー交流会は、当法人の

「助け合い精神を未来に繋ぐ事業」の一環として、

 

「子供たちの心の成長を支援するために」

 

「震災によるハンデを願わくばプラスに変えられるように」

 

そういう想いで始まった事業です。

 

最初の年は募金活動で支援を募り、震災の年の8月、気仙沼の

ジュニアサッカーチームを茅ケ崎に招待することができました。

 

翌年、茅ケ崎の子供たちが言い出しました。

 

「また気仙沼の子とサッカーがしたい、今年は来ないの?」と。

 

以来、毎年恒例行事となっています。

 

 

風化する震災の記憶、活動維持の危機・・・

 

ところが年々、運営するのが難しくなっています。

 

・数年前、高速バスの事故が相次いだ事による送迎バス費用の高騰

・募金が集まりづらくなってきている

 

という現状があります。

 

「これまで続けてきた活動を維持したい、

こどもたちをガッカリさせたくない」

 

そんな想いで、なんとか交流活動が維持できるよう

地元湘南のイベントに出店しております。

 

ぜひ、イベントの折には一人でも多く足を運んでください。

 

私たちにとって大きな支援になります。

 

また当法人の活動に賛同して、支援いただける

個人・法人を随時、募集しております。

 

くわしくはこちら

 

 

僕たち私たちの地震対策

 

 

2016年8月5日

 

茅ヶ崎市総合体育館会議室にて、気仙沼の子どもを招いて茅ヶ崎の子どもたちと一緒に、地震対策に

ついての防災ディスカッションを実施しました。

 

「気仙沼ってどこにあってどんな街?」

「茅ヶ崎ってどこにあってどんな街?」

 

「あの日、あの時、気仙沼で何が起きたの?

「茅ヶ崎ではどうだった?」

 

「どうすればもっとよかった?」

「茅ヶ崎で同じことが起きたらどうする?」

 

子ども同士、改めて防災について考える機会となりました。